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TOWA and More! -toi et moi-

Mダックスのりく♂&とわ♀、まさき&アロ(ゆうき)の二人の息子に翻弄される母の毎日をお伝えします。

プロフィール

millecreape

Author:millecreape
子育て嫌いの母ですが、みんなに支えられてなんとか頑張ってます。
長男りく(M.ダックス♂)と次男まさき、長女とわ(Mダックス♀),
そして2008年8月に生まれた3男アロ(ゆうき)に翻弄される生活の一部、育児の話を思うままにつづっていきたいと思います
最近は幼稚園のお弁当の写真がおおいかな?

2005年の6月から2006年3月までのブログはこちら
http://yaplog.jp/millecreape117/

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2007.02
23
Category : the others
ちょっと話は戻りますが
退院の前日、院内助産師さんがきて
「あの、ここにもう一人、入ってもいいですか?」
と聞きに来た。
「え?ああ、もちろん、いいですよ!」

答えてから思ったのですが・・・・・・
個室料金を払っていない私に拒否権はあったのでしょうか?

まもなく、3~4歳のお嬢さんとパパ、
産まれたばかりの男の子を抱いたママがやってきました。
しかも歩いて。

挨拶をして、その家族の様子を眺める・・・・・・
いいなあ・・・・・
経膣分娩の人ってあんなに自由に歩けるんだ。
数時間前に分娩を終えたとは思えない・・・・・

そしてその時気づきました、
院内助産師が私に相部屋の確認を取った意味。
もし数日前、私がもっと動くのに苦労して
痛みをこらえながら動いているときに
この人をみたら、私は悔しくて泣いていただろう、と。
そしてこんな風にしか動けない自分を恥じていただろう、と。

同部屋になった方のお子さんとご主人が帰り、
夕方?夜くらいにその方とちょっと会話をしました。

私「男の子ですね」
彼女「そちらも??」
私「ハイ、でも帝王切開で。」
彼女「そう・・・・・。
   この子は陣痛中に心拍が90まで落ちちゃって
   心配されたのだけど、すごくお産が早く進んで
   大丈夫だったの。
   でも、産まれたときの顔は真っ白だったわ」
私「そうなんですか・・・・・」

・・・・・・うちのは60まで下がってたはず、
90で真っ白なら60は土気色だな、きっと・・・・・
そっか、心拍60ってすごく危険な状態だったんだなあ、
とその時初めて知りました。

翌日は退院。
この病院では退院までの間に一度、
赤ちゃんを院内助産師に預けて、
夫婦二人で、最上階のレストランで
食事をすることが出来ます。
もともとはホテルだったところを病院にしたので
レストランがあるんです。
ま、内容はとってもおっぱいに優しくないんですけど(笑)

その日は私たちの他にもう一組ご夫婦がいて。
その方は経膣だったようでスタスタ・・・・・
私は部屋が一番奥だったので
エレベーターまでの長い廊下を手すりにつかまって
ズリズリと歩いて、やっとの思いで到着。
エレベーターが来るまでの待ち時間も
支えなしに立っていることが出来ずフウフウいいながらで。
そんな自分が情けなくて、悔しくて。

それに退院だって言うのに、こんな状態で
日常生活ができるんだろうか???
不安が胸をよぎりました。

食事を終えてから退院の手続き、
写真を撮って、赤ちゃんの足拓をもらって
車に乗り込み、そのまま私の実家へ。
車の中でしっぽがちぎれる位に振っていた愛犬・・・・・。

チャイルドシートに乗せられた赤ちゃんは
早々に泣き始め、実家までの3時間が長かったこと!
(里帰り出産ではなかったので)
あまりに泣くので途中のコンビニで見てみたら
うんちもしていたし、そりゃあおっぱいも飲みたいし。
あいにくの土砂降り、そのうえ2ドアの車だったので
ビショビショになりながらおむつを換えて授乳したっけ。

もちろんチャイルドシートに乗せなくちゃいけないけど
傷も痛むので座っているとはいえ、
長く抱いて授乳することもしんどいし。
とにかくこの道のりが長く感じられました。

実家に着いてからは私はソファーに座り続け、
授乳をしたり、眠ったり。
母がスリングを作ってくれて、大活躍しました。
長く立っていることも出来なかったし、
抱くとちょうど傷口にふれるので、
スリングに入れて抱っこする、というのは
とても楽だったのです。

実家に帰って、数日が過ぎても
相変わらず赤ちゃんを受け入れられないままで
主人にも「可愛いと思えない・・・」と泣いて訴えました。
主人も戸惑っていましたが
「オレだって実感わかないよ、
でもね、今こうやって数日一緒に過ごしてきて、思うのは
『やっぱり赤ちゃんを取り違えていたので、変えてください』
っていわれても、イヤだなあ、この子がいい、って思わない?」
と言われました。
あ、そのくらいなら私も思う。
暗い心の闇に一筋の光がさした一言でした。

思えばこの一言に私は支えられて来たように思います。
この一言があったから、私は今まで子供を殺さずに
何となくやってこられたのかもしれません。

さて、病院で出来たおっぱいの白斑ですが、
実家に帰っても治らず、授乳の度に痛んでいたのですが
母の知り合いで助産院に勤務していた方が
「マッサージしてみましょう」と言ってくださり、
うちにきてもらいました。

来てもらうまでは
「痛いからいやなんだよね~
でも、白斑も痛いし・・・・」なんて思っていたのですが
これがビックリ!
全く痛くないんです。
さらにガチガチだったおっぱいもゆるゆるになって
すっきり~!

表面上、白斑が取れていなかったので
「これはどうしたらいいですか?」と聞いたら
「もう、詰まりは取れて、開通しているのよ!
白いのは皮膚が固まったヤツでそのうち取れるから大丈夫。」
そうなんだ~!
マッサージの間、腹筋を鍛える体操とか、
食事のこと、赤ちゃんのこと、いっぱい教えてもらいました。
痛くないし、心をほんわかと温めてくれたあの人との出会いが
私のこころを救ってくれたのでした

その人いわく、私は人の2倍母乳が出ているので
トラブルが無くても定期的にマッサージを受けた方が
いいですね、とのこと。
そうして、私は実家から自宅に帰ってから
定期的にマッサージを受けるべく
たくさんの助産師さんと出会うことになったのです。

さて、1ヶ月検診の直前まで実家にお世話になりましたが、
そのころになって、やっと家の周りを
ゆっくりゆっくり10分ほどあるいて散歩できる
ようになりました。
体にメスをいれる、ということは
本当に体にも心にも負担がかかるものなんだ、と実感しました。

帝王切開が終わった直後に執刀医が私に言った一言。
「こんなもんです、帝王切開。」

その時はそっか~位にしか思わなかったけど
医療従事者が考える「こんなもの」と
手術を受けた側の影響、っていうかインパクトって
本当に温度差がある、と今は思います。
こんなもん、じゃないんだよ!
その手術の事でどんな気持ちになったのか、
本当に考えたことがあれば、執刀医からそんな台詞は
でてこないはずです。

そして、1ヶ月検診に同じ医者に
「もし、仮に次があったとして、次も帝王切開ですか?」
と聞いたら
「そうですね、一応3年あけましょう、っていうんですけど
1年半くらいは生理が来ないから、たぶんそのくらい空くと思いますよ」
とのことでした。

次も帝王切開・・・・・・
その時点で次を考えるのはやめました。
陣痛も経験し、帝王切開の痛みを経験し
もう2回出産したようなもんですから。
陣痛の痛みは忘れられても帝王切開の痛みは
今も忘れられません。

陣痛も経験した、というと
「でも、最後の痛みまで経験してないじゃない?」と
いわれました。
そう、私は陣痛の痛みも中途半端で、
やっぱり子を産む能力がないんだ・・・・・
そんな風に思い続けました。

帝王切開になったけど、元気な赤ちゃんが目の前にいる、
それだけで十分だ、とも言われました。

そうですね、それはそう思います、
でも、感情がついていかないのです。
私の「出産」がどこかに抜け落ちてしまっているのです
どこにもないのです。
出産がないまま、子供を抱いています・・・・
そして子供のお世話に夢中になっている間に
私は出産を無くしたまま、
心のケアをすることも、顧みることもなく
とにかく夢中で走り続けてきました。
暗い暗い、トンネルの中を。

楽しいこともあるし、今では子供も可愛い。
でも、私の出産は、今も空っぽのままです。
今でも寒かったり、イライラすると傷口が痛みます。
子供と帝王切開という事実だけを残して
私の出産はどこにいってしまったのでしょうか??

悲しかった、ずっと悲しかった
悔しくて、悔しくて自分を責め続けました。
母親失格だって、なる資格がないんだって
ずっと帝王切開の傷が烙印のようでした。

そんな私に、鍼灸師さんは言ってくれました。
「今度は下から産んでみようよ」

私が??
私に出来るの??
あきらめなくていいの???
私、母親失格じゃないの??

病院と、鍼灸を使えばできるかもしれない、って
言ってくれました。
もしかしたら、だめかもしれない、
もう一度、帝王切開になっちゃうかもしれない。
それに当然リスクだって伴う。

でも、私はやるだけやってみたい。
やるだけやって、帝王切開になっちゃうかもしれない
でも、それでも挑戦してみたい。
やるだけやって、帝王切開なんて、
余計に落ち込んじゃうかもしれない
でも、それだったら、納得して帝王切開に
臨めるかもしれない。

あの時、失ってしまった私の出産、
もう一度チャンスがあるなら取り戻したい。
そして、これで良かったんだ、って
笑顔で赤ちゃんを抱いてみたい。

辛かった、今までの2年半、
たくさんの出会いによって、
すこし、トンネルの出口が見えてきた気がします。

帝王切開を拒否したいのでも否定しているのでもない、
私は、「自分が納得する出産」を望んでいるのだ。
リスクのある出産に、何の罪もない子を巻き込むことに
反対の意見もあるだろう、
だけど、母親が納得する出産をすることが
子供への愛情や接し方にも大きく関わることを
覚えておいて欲しい。

私はそんな出産になってしまったけど、
そんな中でもたくさんの友達や
たくさんの助産師さん達に助けられてきた。
人の痛みも少し分かるようになった気がする。
全部、「そうなるようになっている」のかもしれない。

あなたの望む、「自分のお産」、どんなですか?
漠然としててもいい、
とにかく人に伝えてみてください。
きっとあなたの望むお産のスタイルが見えてくるはずです。
そしてそのスタイルが見えてきたら、
それを手に入れるまで、妥協しないで求めましょう!
自分のお産です、誰にも遠慮せず、
そして自分が納得するまで追求しましょう。

それでもし、思い通りにならなかったとしたら・・・
「辛いんだ、思い通りにならなかったんだ!」と
叫びましょう。
心に抱え込まずに当たり散らしていいんです、
それだけあなたは傷ついているのですから。

万全の態勢のもと、あなたの望むお産が
少しでも現実に近づけることを祈っています。
追記です。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

誤解されそうなので書いてみますが、
私は子供を経膣で産まないと女性の能力に劣る
と思っているわけではありません。
子供を産まないと女性の役目が果たせないとも思いません。

子供を授からない方もいるでしょう、
あんたなんて、子供がいるだけいいじゃない、
そう思われる方もいるでしょう、
たかが帝王切開で、ってバカにする人もいるでしょう。

私は帝王切開を否定するわけではありません。
帝王切開は母子を健康に維持する、立派な医療行為だと思います。
それしか対応がなかったとはいえ、
こうして私も、子供も元気に、何の障害もなく
生きているのは迅速な判断をしてくれた病院と
執刀医のおかげです。

でも、それは痛いほど分かっているのですが
「納得のいくお産」ではなかった、ということです。
私が勝手に「帝王切開にはならないだろう」と
思い込んでいたのがバカだった、とも思います。

不妊症の治療(?)でも同じですよね
「納得するまでやったのか?」
それが何に関しても大切なんじゃないでしょうか?

あのときのお産、後悔しているわけではありません
その後、「辛かったんだ!」と気が済むまで泣き叫んで
心の中を吐露してしまえばよかったんです。

今までずっと自分を責めてきました。
自分がダメだと思ってきました。

でも、今こうやって書いてみて
あ、コレでよかったんだ、って初めて思えました。
あの時、帝王切開になったから
こんなに大切な出会いがあった、
誰かのつらい気持ちにも気づくことができたんだ、
って思えました。

今、初めて、私は帝王切開になったことを
受け入れ始めたのかもしれません。
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私も帝王切開で痛みを人一倍敏感に感じた人(先生いわく)だからあの痛み今でも忘れられないし、それに産んだ直後の気持ち、さらに退院後も引きずる痛みと不調とか、、、全く同じ。私も実は産んだ夜から退院するまで毎晩泣いてたんだよ。とにかく体がついてこないことが悔しい。んでもって、この子達を産んで母になった、っていう実感が全くない。まだ体が痛くて動かないのに二人と母子同室にされて夜中中号泣されたときはこっちも号泣で本気で逃げ出したい、って思ったし。
でも、痛くて痛くて、それでも動かなきゃ、歩かなきゃって時ね、実は私の心の中にりくママが何度も登場しました。りくママもこの痛みを乗り越えたのね、私も頑張ろっ・・・って。ありがとう(笑)。
「自分が納得するお産」をすることの重要さすご~くよく分かるよ。りくママがお産についてずっと引きずってるんだろうな~っていうのは感じてました。でも少しづづ少しづづ、こうして文字にしてココロの整理をしたり、誰かに思い切りぶちまけたり。そうしていくうちにいつか乗り越えて受け入れて、「納得いくお産」になる日が来ればいいね。んでもって、経膣挑戦!応援します。
ちなみに私は帝王切開でもかなり納得いく出産だったよ。悩んで悩んで迷って迷って自分で出した結論だったからかな。その節はいろいろ相談にのってくれてありがとう。でもでも、正直、陣痛の痛みに経膣分娩・・・やっぱり経験してみたいという気持ちはあるな(涙)。

はじめまして。
いつも時々拝見させていただいています。
りくママさんの出産体験には泣いてしまいました。
私は、運よく経膣分娩でしたが、帝王切開の友人に、帝王切開のほうが術後が大変でつらかったという話を聞いていたので、経膣分娩のほうが楽(個々やケースによって違うと思いますが)だと思っています。
(陣痛が痛いから帝王切開がいいって言う人には「帝王切開のほうが大変だよ」といったこともあります)
えっと、そんなことを書きたかったわけではなく、経膣分娩だった私でしたが、出産後不妊治療もして待ちにまった子供だったにもかかわらず、子供を可愛いと思えず、初めて言った言葉が「(泣き声が)煩いからあっちに連れて行って」でした。
そのときはいろいろあってなにも考えられませんでしたが、あんなにほしがっていた子供なのに、可愛いって思えないなんて・・と落ち込んだ日々で、数年たった今でも未だ自分の子はきちんと愛せてない気がしています。
経膣分娩でも、はじめの間、可愛いと思えない人はいると思いますよ。
出産したてなんて、母になりたてで、気持ちがついていかなくても仕方が無いかな?と思っています。

りくママさんの言いたいことに沿ったコメントになっていですね。すみません!
私も経膣分娩ではありましたが、思い描いていた出産ではなかったので、りくママさんの「納得のいくお産」を応援しています!

私も予定外の帝王切開になっちゃったけど、やっぱりギリギリで切られたのでどっちかっていうと「だったら最初から切ってくれよ」てオモッちゃった派。やっぱ心構えないと痛さも怖さも倍層だと思うし。

それと王子は保育器に入っちゃったので逆な意味で早く触りたくて触りたくて仕方なくて、初めて抱っこできたときは泣きそうになりました。
だからある意味最初から一緒にいれなくてラッキーだったのかも。身体が動けない間は面倒みてもらってたから。でも2日目くらいからは見たい一心で無理矢理歩いて新生児室まで毎回行ってましたけどね。人に頼むのも面倒だったし経過がよかったのかなあ。

だからこの離された間があったから母性が余計に目覚めたのかも。普通分娩でも帝王切開でもなかなかすぐ親にはなるってのは難しいのだと思いますよ。
みんなそうなんじゃないかなあ、最初の一ヶ月なんて昼も夜もなくて自分の身体もまだ本調子じゃないのになんだかわけ分からないままお世話してるわけだし。

とにかく出産ってすごい大変で男の人とかに簡単に片付けれるとホント頭きますね。
だったら、アンタ産んでみなさい!って。
私にとっては人生で一番大変なことでしたよ。まあ今も続行中ですが。

みなさん、それぞれになが~いコメントをありがとうございます。

>ツインズママ
そうなんだ、そんなところでお役に立てていたなんて!それを聞いただけでも帝王切開をした意味があったと思えるよ。

次がどうなるか、今は考えないようにしているけど、帝王切開になったことに向き合えるようになった今は、経膣で産むこと、自体に意味があるのか??って思い始めました。

>ななしない子さん
はじめまして!
いやはや、個人的なことをぶちまけてるブログで恥ずかしいです・・・・
でもこうやって文章にしていくことで自分の気持ちの整理もできるので、個人的にはとても有益なんですけど。

経膣分娩の方、ってあまりお産について語ることが少ないように思うので、ななしない子さんのお気持ち、とても新鮮な気持ちで読みました。
私は帝王切開だったし、もともと母性に欠けているから、こんなに育児が苦手だと思っているんだと思っていたのですが、
必ずしもそうではないんですね。
新聞で読んだのですが「母性は本能じゃない」んだそうです。
もともと備わっているものではなくて、
生活していくウチに出てくるもの、だそうな。
それを聞いたとき、私だけじゃないんだ?とビックリしました。
「お産」って産まれた後は「赤ちゃんの存在」にだけ意識が集まるけど、
確かに赤ちゃんが生まれたことはとても大切なことだけど、お産をした母の心も意識してほしい、ケアする必要がある、と思うんです。
赤ちゃんが元気に生まれたから、母親はそれで満足か?っていうとそんなことないし、そこをちゃんとケアできるかどうかで
その後の育児に対する姿勢が違ってくると思うんですよね。

ななしない子さんもずっと苦しんできているんじゃないかと思います。
誰にも言わないけど、ずっとずっと苦しいんじゃないかと思います。
特に不妊治療をして自分が欲しいと望んで授かった子供だから、という気持ちから苦しくなっちゃう人は結構いるみたいです。

でも、突然現れた同居人をそんなに突然、深く愛することが出来ないように、子供とはいえ、アカの他人をそんなに急に深く愛せるはずもないですよね。
「他の子と取り替えて」と言われてもイヤだ、そのくらいの気持ちでいいや、って自分に言い聞かせています。

>チョンプー母さま
いつも拝見しています、でもMacの調子が悪くて書き込みできずにいます。
お互い子供に犬2頭、ですね。
うちは犬も子どもも大騒ぎしています。

そうでしたね、母さんも緊急帝王切開でしたね。そっか、産後、母子を離すと母はすごい喪失感がある、って聞いたことがあります。だから私が産んだ病院には新生児室がなかったんだっけ。
まさに、それですね。

私はすべてを帝王切開だったことのせいにして、ちゃんと向き合うことができませんでした。
でも、今思うのは「本当に大切なのはどうやって産むかではない」と思えます。
犬達だって種類も違うし、自分で産んでいないのに(当然だけど)ものすごい可愛いですもんね、ホントに家族、ですもんね。
それを考えたら、帝王切開だろうが、経膣分娩だろうが、体外受精だろうか、代理母による出産だろうが、何にも関係ないですよね。
でも、今まではそれに目を向けることが出来ませんでした。
私は相変わらず育児苦手のままですが、それでもちょっと前向きに子供と向き合えるようになった気がします。

こんにちわ。
いつも読むばっかりで初めて投稿します。
なんだかパソコンの会社に勤めてたわりに
パソコンに弱くてコメントの投稿とかしたことなくて
今日は子供達が早く寝たので
ゆっくりコメントが書けそうです。

りくママは、いつも人にはつらさや弱さを見せないから
そんなにつらい思いをしていたなんて全然気がつかなかった。
わたし、結構ひどいこと言ってたかもしれない。いまさらだけどごめんね。。。

私は、出産の方法は両方体験しています。
でも、どちらがよかったとは正直わかりません。
1号の時は下から産んだけど自分の思うような出産はできず、病院の先生たちともなじめず、毎晩泣いてました。
出産後の後産で子宮まで出てきてしまいそうになり、かなり痛い処置をされたし
出産時の傷がかなりあったので、その傷は半年くらい痛かったなぁ。
だから2号のときは絶対納得できるお産をするぞ!と思ってたのに
定期健診のときに”心拍がとまりそう”といわれ救急車ではこばれ緊急手術に。
結局1984gで生ました。
その日は私の誕生日だったからきっと
助かったのは神様からのプレゼントなのだと思いました。

わたしは、手術になると先生に言われたときから手術が終わってからもずっと泣いてました。
なぜ泣いていたのか?自分でもわかりません。
でも、予想しない事態が起こったことに対し自分が対応できなかったからだと、今思います。
手術後は2号に何か後遺症がのこるのでは?と毎日毎日泣いてました。
先生が”小さいけどかわいいね”
っていってくれたけど、素直にうなずけなかった。
逆に先生の前で号泣してしまい、先生も驚いてっけ。
新生児室で一緒の子を見れば見るほど不安になって、涙が出てきて。
あまりにも急な出来事だったから
手術に対しての知識もなく、心の準備もなく
それなのに、あっという間に子供はうまれてきてしまうし。
周りからはオメデトウといわれても
全然うれしくなくて、かえって悲しくて。
そんな自分が情けなくて、情けなくて。
母親失格だと、かなり落ち込みました。

でも、なぜか手術の傷は気になりませんでした。
看護師さんに”つらいけどいっぱい歩いたほうが回復は早い”と言われ
ほんとに頑張って歩きました。
恥ずかしい話、手術後初めてトイレに行くときはなかなか歩けず、
トイレで下着を下ろすことも手伝ってもらい
やっと用を足すことが出来ました。
かなり時間はかかったけど、それほど親身になってくれる看護師さんがいてくれたおかげで
なんだか心が救われた感じがして頑張れたきがします。

2号は未熟児だったから一月くらい入院してました。
そのため退院して次の日から毎日母乳を届けに病院に自分で運転して行きました。
今思えばなんでそんなに元気なのだろう?
と不思議なのですが、たぶん1号が家で待っててくれてたからかなぁと思います。
私がいない間、肺炎にかかってしまい
かなり精神的にも体力的にも参ってしまっていたのに、”ママ”とは一言も言わずに
泣かずに頑張っていてくれたこと、
それがわたしの救いでした。

誰かの体験談を読んだときに
”4人の子持ちだけどお産で思うようにいったことは一度もありません”って言ってた人がいました。
お産には計画性がないから、思うように行かなくても仕方がないと、その人は言いました。
でも、”そのハプニングを逆に楽しむことにした”とも書いてありました。
”今度のお産には何がおこるのかな?”
とハプニングを楽しみにするそうです。
私には到底まねできないのですが
4人も産んでるのに一度も思うような出産をしていないのにはちょっと驚きました。
みんな、おんなじような体験をしているんだなぁと。。。
私に、次のお産があるかどうかはわかりませんが
もしあるとするならば、わたしもお産のハプニングを少しでも楽しんでみたい。
そして生まれてきた瞬間にあいらしいと思いたい。
どんなつらいことがあるかもしれない。
でも、それは新しい生命を生み出すための大切な仕事であり、新しい生命を守っていくための私にしか出来ないことだからきっとがんばれる。
と、私は考えています。

ながながと書いてしまいましたね。
でも、みんな、お産に同じような悩みを持ってることを知って、変な言い方だけどなんだか安心しました。
普段なかなか会えないけど、こうやってブログを見るとみんなに会えたような気がして
またがんばれます。
でも、今度はほんとにりくママに会いに行きたいな。

読めてよかった。

きちんと読みたくて、リアルタイムでは
読めなかったの。
でも、やっと読みきることができました。

書くことで整理がつくって、
すごく分かる。
わたしが自分の出産記を記したのも
そこに理由がありました。
そしてやっぱり書いてよかったなぁって
思うんだよねぇ。

でも、りくママはその、わたしの出産記で
混乱してしまったよね。
安易に、読んでもらうべきじゃなかったって
後悔したの。あらためて、ごめんね。


出産を受け入れられないって書いてあった
けど、わたしがすごいな、って感じるのは
「受け入れられないという事実を
受け入れていること」でした。
それは逃げていないってことだと思う。
その姿勢に感動を覚えました。
りくママは絶対逃げないんだよね。
それはすごいことです。
わたしも、逃げないということを
すごく大切にしていますが、
あなたほど強くない!
だから感動しました。
こんな友人がいるなんて誇り。

ものごとを真剣に考える力、
受け止める力、分析する力。
きちんと伝える力、怖れない力。
あなたの強さを並べたら
この空間がすべて埋まってしまうよ。

応援するよ、納得のいくお産を追求
することに!


今更ですが拝見しました。
途中涙が溢れ出てしまいました。

りくママ、貴女はとっても頑張り屋さんですね。
いろんなことに真剣に取り組むから
たくさんの感情が込み上げてしまうのね。

ワタシは感情の行き場に困ると
よく書き連ねていました
冷静に受け入れることができるよね

Ziziのいうように
ワタシも貴女という友人がいることが誇りです
そして、今まで以上に尊敬しています

>Nacci
長かったのに、読んでくれてありがとう。
コレを書くのに2年半、かかりました。
随分苦しんで、書いたので、
あなたの心に残り、こうやってコメントを
もらえること、すごくうれしいです。

いろいろあったけど、
やっぱりたくさんの人との出会いによって
私は救われているなあ、
そう思います。
ZiZiもNacciも、私にすごくたくさんの
あたたかい気持ちをくれます。
ありがとう。
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