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TOWA and More! -toi et moi-

Mダックスのりく♂&とわ♀、まさき&アロ(ゆうき)の二人の息子に翻弄される母の毎日をお伝えします。

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millecreape

Author:millecreape
子育て嫌いの母ですが、みんなに支えられてなんとか頑張ってます。
長男りく(M.ダックス♂)と次男まさき、長女とわ(Mダックス♀),
そして2008年8月に生まれた3男アロ(ゆうき)に翻弄される生活の一部、育児の話を思うままにつづっていきたいと思います
最近は幼稚園のお弁当の写真がおおいかな?

2005年の6月から2006年3月までのブログはこちら
http://yaplog.jp/millecreape117/

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2007.03
28
Category : the others
注意*今回の内容は、死産・流産等のお話しです。
この内容が不快に感じる方は読まないでください。

そして、その内容は私の超個人的な見解です。
もし私の言葉があなたを傷つけたとしたらごめんなさい。
昨日、3時頃、義母からメールが。
「3チャンネル、見て」と。
なんだろう?と思って見てみると
NHK福祉ネットワーク"忘れられない小さな命~誕生死~"という番組。

途中からだったので私が見られたのはほんの20分ほど。
妊娠7ヶ月で心音が止まり、死産の出産をした女性。
彼女は医療機関で配慮のない対応を受けて心の傷を負う。

次は出産40分後に天使となったお子さんの両親。

たった20分でしたが、
死産・流産を経験したことがない私でも
濃密な記憶となりました。
うまく表現できませんが。

さて、この番組を見た人はどんな感想を持ったのでしょうか?
同じような経験をした人にとっては本当に共感できたり、
感じることが多い番組でしょう。

出産経験がない人や、これから妊娠を希望している人は
「そういうこともあるんだな」と認識を改めるでしょう。

それでは私のように死産も流産も経験せずに
子供に恵まれた人は?

今、目の前にいる自分の子を見て、
「そんな経験をしないで産まれてきた子供と私は恵まれている」んだ
「私のほうが幸せかな・・・・・」
・・・・・・って思いそうになった。
いや、思ってしまった。
今、元気に我が子が目の前にいる、そんな自分は幸せなんだ、と。

そして、動いた、私の心の黒い影が。
「帝王切開ごときで悲しんでいる私って、一体何?」
もう、そこからは私の心は暗い感情に占められた。

なんなの、私って?
そんなことでいつまでもぐちぐちして。
こういう人に比べれば、私の帝王切開なんて
ちっちゃな事、じゃないか!
バカじゃないの?心が小さいねえ~

そして、他の人もそんな風に私を見ている、
そんな気がしてきた。

でも、違う!
この番組の趣旨や伝えたいことはそんな事じゃない!
そして、私は
「幸せくらべ」はしたくない。

死産・流産の経験がある人より、
経験していない私のほうが幸せ、なんて思いたくない。
もちろん、経験していない、ということはありがたいことだ。
でも、だからといって、
彼女たちよりも私のほうが幸せだとは思いたくないし、
彼女たちだって思って欲しくもないだろう。

心の傷を癒すのに、幸せくらべをしていては
いつまで経っても先に進めない。
だって、下を見てもきりがない、上を見てもきりがない、もの。

例えば、
流産した人に
「不妊で悩んでいる人だっているんだから、
そういう人に比べれば、あなたは幸せよ」
って言ったところで、その人の傷は癒えるだろうか?

不妊で悩んでいる人に
「病気で若くして死ぬ人だっているんだから、
そういう人に比べれば、あなたは幸せよ」
って言ったところで、その人の傷は癒えるだろうか?

病気で苦しんでいる人に
「他の国では病気でも治療を受けられない人だっているんだから
そういう人に比べたら、あなたは幸せよ」
って言ったところで、その人の傷は癒えるだろうか?

そういわれたら、当事者は心の傷や叫びを
心の下に押し込めて、出さないようにしてしまうだろう。
「もっと大変な人がいるんだから、
このくらいでツライなんて言ってはいけないんだ」って。

でも、もっと不幸(だとおもわれる)な人と自分を比べて
叫びを、感情を心の中に押し込めることでは
その気持ちは解放されないし、受け止めることも
癒えることもない。

だって、上には上がいる。
(表面上は)何の苦労もなく、妊娠して、子供を育てたり
健康に、生活を謳歌している(ようにみえる)人がいるからだ。

だから「幸せくらべ」はしたくない。
他人と自分を比べて、自分を納得させていては
いつまで経っても「自分の幸せ」は手に入らない。

死産・流産含め、人生には「辛いこと」が用意してある。
それはその人が乗り越えて行かねばならぬ課題であり、
それを受け入れ、乗り越えたときに、
その人は人生の宝物を一つ手に入れる。
それが「自分の幸せ(の価値観)」ってヤツだと思う。

一見、なんの苦労もなさそうに見えたって
その人にだってちゃんと人生の課題が用意されていて
それはこれから直面するのか、
それとも既に直面して、乗り越えたから、
そんなに幸せそうに見えるのか、
それは本人しか分からない。

そしてその課題は自分で選ぶことは出来ない。
神様が、その人がもっと幸せになれるための課題を
選んで用意しているのだから。

それに死産や流産に関して言えば、
もう、それは生命の営み上、なくなることもないし、
なくすことも出来ない。
私はそういった経験がないので、他人事になるが
ソコには自然淘汰圧、という誰にも変えることのできない
おおきな仕組みがあるからだ。

この世から死産・流産をなくすことは出来ない以上、
それを経験する人は必ず存在する。
そうであれば、その事実をその人なりに
受け入れていくしか生きていく術はないのではないだろうか?

そして、受け入れる、ということは
他人と比較して自分を慰めることではなくて
どんなに辛かったか、どんなに悲しかったか、
どんな気持ちでいるのか、自分と向き合っていくしかない。
でも、それを一人でやるのはとても辛いことだ。

感情は一人で溜めておくと、鬱屈し、行き場を失う。
できれば同じ体験をした人や、専門知識のある人に
とにかく話をきいてもらう。
ぐちゃぐちゃだっていい、思い切り泣いたっていい、
暗くて、悲しくて、どうしようもないんだ、って
ぶちまけちゃえばいい。
同じ話だっていい、気が済むまで話せばいい。

時間がかかったっていい、
自分が嫌になるくらい後ろ向きだっていい。
誰とも比べないでいい、自分は自分だから。
自分が辛いんだ、誰に遠慮する必要がある?
他の人にとっては些細なことだとしたって
自分が人生最大に辛いんだから
つらいんだぁ~!って言って、何が悪い?

思い切り話した後、きっと、今までとは違う何かに
気がつくと思う。
言葉にしていくウチに、隠れていた自分の感情にも
気がつく。
ぐちゃぐちゃで混沌としていた感情が整理されて
その中にある、小さな光を見つけることが出来る。

当然、医療スタッフやまわりの人間の対応が
とても重要になってくる。

今回の番組では死産の出産時に
医者から罵倒を浴びせられ、意識を失い、
違う病院に搬送された女性が出ていた。
搬送先の病院の対応が良く、
彼女はとても救われただろうが、
その心の傷は深く、今も心に影を落としている。

出演した人たちは番組に出ることにためらいもあっただろうし
ツライ過去を思い出すのだから、
きっと心も乱れたし、勇気がいったことだろう

それでも彼女たちはどうして出演したのだろうか?

その答えはひとつ、
同じ思いをした人の心の支えになりたい
それだけだと思う。

今まで語られなかった、死産・流産。
自分を責めたり、苦しんだり、思い悩み続けたりする
そんな自分が嫌になる、そして日常は回っていく・・・
頑張らなくちゃ、忘れなくちゃ、
明るく生きて行かなくちゃ、
そう思って、心の中に悲しい気持ちを押し込める・・・・・
そうやって生きている人たちに
メッセージを送るためだと思う。

感情を押し込めていては、向き合うことは出来ない。
そして、忘れる必要もない、
忘れようとしないで欲しい、
だって、時間は短くたって生きていたんだもの。
「いなかったこと」にはできないよね。
生きていたんだ、だから忘れないで、家族だもの。
そう思えたとき、初めて、受け入れる、
ことができるんじゃないかなあ。

短くたって、その子が生を受けた意味、
ちゃんと理解して、自分の糧にしていく。
それがその子にとって「生きた意味」だし
「生きていた証」になると、私は思う。

出産の時に罵倒するような医者は言語道断だが、
まわりもとにかく明るく、忘れさせよう、としがちに思える。
その人がその課題を乗り越えるために必要なことは
表面を覆い隠すことではなく、
感情をはき出させて、受け入れていくことだ。
辛かったね、よく頑張ったね、苦しいね、
そうだよね、そう思うよね・・・・・・
そういう言葉が心を開き、感情を解放する。

もっと大変な人がいる、次があるさ、
○○だったから××だったんじゃないの?
今、元気なんだからいいじゃないの。
そういった言葉は感情を閉じこめ、押し殺してしまう。

本人は勇気づけようとしているんだろうけど、
そんなことで悩んでないで、忘れなさいと言われている
ように感じる。
分かってる、自分でだって分かってる。
もっと大変な人がいる、苦しんでいる人がいる
いつまでこんなことでくよくよしているんだと
自分を罵倒する自分がいる。

辛いことを受け入れ、乗り越えていくために必要なのは
他人からのアドバイスではない。
自分の気持ちを整理して、その中にある小さな光を
見つけることだ。
他人は、傍にいて、話を聞き、
感情を整理するお手伝いしかできない。
でも、それが何よりの支えとなる。

私は死産・流産の経験をしていない。
それは本当にありがたい事だと思う。
その代わり、私は帝王切開、という試練を与えられた。
それがいい、とか、悪い、とか
その方が幸せだ、とかは思いたくない。
流産・死産より簡単に乗り越えられる試練だとも思わない。
どのくらいツライかは他人と比較できないし、
比較したところで何になる??

だから私は叫び続ける、どんなに辛かったか、を。
誰かに理解してもらうためではなく、
自分の気持ちと向き合うために。
恥も外聞もなく、誰になんて言われようと叫び続ける。
「こんな些細なことで!」なんて思われたくない、おもいたくない。
だけど自分が一番思ってる、「こんなことで・・・・」って。

私だって、そういう事じゃない、って分かっていても
こうやって心の中の黒い気持ちがたまに顔を覗かせて
心をかき乱していく。
でも、私にはちゃんと明るい光が見えている、
「こうなってよかったんだ」って思えるから。

そう、私は間違っていない。

人生に試練はかならずある。
それを乗り越えるためには、感情を押し殺すことではなく
感情を放出し、整理し、その中の小さな光に気づくことが
必要なんだ。
そしてその試練はその人をより優しく、ステキにし、
幸せな気持ちを運んできてくれる。

それは人生の真理の一つであるように思う。

そして、出産時にはもっともっと母のケアが
必要だと強く感じた。
今までは新生児のケアばかりが重視され、
女性は産んだら母に本能的になるものだと
おざなりにされてきたように思う。

しかし、産んだだけでは母にはなれない。
分からないことばかり、初めてのことばかりで
不安でいっぱいだ。
その不安も出せないまま、赤ちゃんの世話で
毎日が過ぎていく。。。。

お産は人によってまったく異なる。
死産だった人、流産の経験がある人、
不妊治療をして授かった人、帝王切開の人、
第2子の人・・・・・
それぞれに悩みは千差万別で、不安な気持ちも
全く異なるものだろう。

それぞれの話を聞き、不安を少しでも
軽くしてくれる人が、そこにいれば、と強く願う。

そして、母体の体のケアも日本はおざなりだ。
骨盤が開いて、体に支障が出る、なんて
本当によく聞く話だ。
フランスには経産婦の体を見て、必要なストレッチなどを
教えてくれる指導員がいるらしい。
フランスの骨盤底リハビリ

日本のお産は心も体も、母へのケアがおざなりだ、と思う。
ソコまで求めるのは、贅沢なのでしょうか?
でも、24時間昼夜なく育児をする人間にとって
子供や育児に対して前向きになれるかって、
ものすごく大切だと思うし、
それこそ、少子化の原因のひとつでもあるんじゃないかと思う。

話が逸れてしまった。

そう、とにかく、私がこの番組を見て感じたのは
人生の試練、そして、それを受け入れる、ということ。
そして、お産の現場の、母のケアが足りない、ということ。

どこかで悲しみを抱えたまま、苦しんでいる人の
何かになれば、
いつか、何か、そういったお手伝いをしたい、
と強く思いました。

冒頭に書きましたように、
私には死産や流産の経験がありません。
そんな私が語るのは所詮他人事だと思われても仕方ありません。
内容は超個人的ですし、感情に流されて書いています。
もし、私の言葉があなたを傷つけたとしたらごめんなさい。

本人には本人にしか分からない苦しみがあると思います。
私も、苦しんできました、違うことで、ですが。
それを受け入れるために書いています。
誹謗中傷はご遠慮下さい。
誹謗中傷だと判断した場合にはこちらで削除させて頂きます。
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Comment

非公開コメント

幸せくらべ…ホントそんなことしてたら前へ進めない。何も乗り越えられない、変わらない。
NHKの番組を残念ながらみることは出来ませんでした。
翌日に備え私は出産の準備をしていたから。
前日に突然の破水、救急車で運ばれましたが羊水が全部なくなっていました。まだ17週でした。。。
悲しい出産、死産でした。

不妊治療をして、結婚10年目にしてようやく授かった待望の命を失ってしまいました。

「なぜ?どうして?」そう考えても答えは見つかりません。
でもとても多くのことを、私の赤ちゃんは教えてくれました。育児をすることはできなかったけど、こんな私を母親にしてくれたと、私を選んで来てくれた事本当に感謝しています。

あなたのお話で、励まされました。
私には妊娠することも、それを継続し出産することも人より難しいこと。
でもそれは私の試練。
またお空へ帰った赤ちゃんをお迎えすること絶対にあきらめたくないから
もっと体も心も強くしていこうと思っています。
いっぱい泣いて、いっぱい泣いて、泣きながら前へ進んでいきます。

あなたのような優しい人と
いつかママ友としてめぐり合えたら嬉しいです。


>124日のママさんへ
コメントありがとうございます。
体調はいかがですか?
まずはお体をゆっくり休ませてくださいね。

さて・・・・
私が一番怖かったのは、
流産も死産の経験もない私が書いた内容が、
実際にその経験をされた方にとってどんなものになるか、でした。
私の周りにも経験をした人はいますが、
今までその話をしてこなかったので。
なので124日のママさんに
「励まされた」と思っていただけてよかったです。
あなたに少しでもなにかを残せたのであれば、それだけで私はコレを書いた意味があったのだと、いや、あなたに何かを伝えるために、私はコレを書いたのかもしれません。
何も知らない、あなたですが、偶然じゃない、と私は強く思います。

私には何も言えません、
あなたの気持ちを思うと、どんな言葉も伝えることができません。
できるならば、あなたのそばに行って、あなたの話をずっと聞いていたい、何もいえないけど、聞くことだけしかできないけど。

一ついえるのは、自分を責めないでほしい、ということです。
そう、すべては偶然ではなく、必然。

もう、私とあなたは「めぐり合った」のですよ。
「ママ友」なんて関係ありません。
子供がいるから、いないからで、お友達になるか否かを決めているわけではないのです。
もう、めぐり合ったのです。
もしよければ、お話聞かせてください、
顔も知らない私ですが、
知らないからこそ話せることもあるかもしれない、
あなたの気持ち、伝えてください。
秘密にチェックを入れてくれれば私以外には見られませんので。
無理にとは言いません、
もしなんか愚痴ってみたくなったら、でいいです。
必然で、めぐり合ったのですから。
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