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TOWA and More! -toi et moi-

Mダックスのりく♂&とわ♀、まさき&アロ(ゆうき)の二人の息子に翻弄される母の毎日をお伝えします。

プロフィール

millecreape

Author:millecreape
子育て嫌いの母ですが、みんなに支えられてなんとか頑張ってます。
長男りく(M.ダックス♂)と次男まさき、長女とわ(Mダックス♀),
そして2008年8月に生まれた3男アロ(ゆうき)に翻弄される生活の一部、育児の話を思うままにつづっていきたいと思います
最近は幼稚園のお弁当の写真がおおいかな?

2005年の6月から2006年3月までのブログはこちら
http://yaplog.jp/millecreape117/

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2007.05
22
Category : the others
今回の内容は
スリール(サークル)に参加すること、
および、育児について話すことについて書いてあります。

多少個人的な事も書く(つもり)なので
誰にでも読んで欲しい、と言うモノではありませんが
誰でもが悩む事でもあると思います。
素直な気持ちで読んで頂けるとうれしいです。

閲覧&コメントは誰でも自由ですが、
誹謗中傷・ひやかしはご遠慮下さい
昨日の内容についてのコメントを読んで、
ああ、伝えるってとても難しいものなんだなあ、と思いました。

そう、確かに、私もその気持ち、分かる。
「え、ちょっと待ってよ!」って思ったんだもん。
みんなが様々な場面でそんな風に思っていたことが
あったんだなあ、と思います。

「伝える」ってとっても難しいことなんです。
現実的に助産師さんだって、
「自分のためならやめなさい」っていう
気持ちじゃなかったんだもん。
「自分のためだと認識することが必要」ってことを
伝えたかったんだと思います。

確かに私が口を出す前の会話だけで終わっていたら
だいちゃんのママは
「そっか、子どものためじゃないもんな、やめよう」
って思っていただろうし、そう口にしていました。

結果的には私が口を挟むことで
助産師さんの真意(だと思う)が伝わった、
そういうことだと思います。

ああ、すごく難しい。
私の中にある気持ちをうまく整理して表現できません。
ちょっと支離滅裂になると思うけど、
出来るだけ推敲するので、ちょっとおつきあい下さい。

私もこうやって毎日のこととか、
人間(夫婦)関係とか、育児のこととか
かなり個人的な内容を公開しているので
思ったように伝わらなかったり、とか、
やっぱり分かり合えなかったり、とかってことが
何回もあります。
その度に悲しかったり悔しかったり。

そういうときは
「伝わらなかった」り
「意図したことと違うとらえ方をされた」りする
原因を自分なりに考えてみます。
そして、出来るだけ、偏った考えや
違う考えの人を否定しないような表現で
「でも自分はそう思う」ということを書くように
努めているつもりです。
内容によっては、心ならずも他人をひどく傷つけてしまう
可能性があるので・・・・・

でも、万人に対して、誰も傷つけないように書くことは
ほとんど不可能だと思います
その人の精神状態や心持ち、トラウマになっていること、
などについては、私がそのつもりでなくても
意図と違うようにとらえてしまう場合が多々あります。
伝えたいことの本質じゃなくて、
その一部だけを頭にインプットしてしまう場合もあります。

もうそれは、その人の心持ち次第なので
それは私にはどうすることも出来ません。
どうすることも出来ないから、
「それはその人のとらえ方だ」と割り切るしかありません。
できるだけの努力はしますが、
それ以上はあきらめることにしています。

文章、という推敲したり、書き換えたりできる表現方法でさえ
それだけの行き違いがあるのですから
「言葉」という発したら取り返すことの出来ない
表現方法ではもっと行き違いがあって当然だと思います。
さらに「育児」という繊細な内容であれば余計に。

たぶん、これはどんな仲間でもあることだと思いますが
それが「育児サークル」だったり
育児に関わる話をする場だったりする場合は
もっと顕著ですし、トラブルの原因になりやすい、
と思います。

まあ、彼女はそれを仕事としていて、
プロですから、出来るだけ誤解のないように
努めていく必要はあると思いますが・・・・・・。
ま、それはちょっと置いておいて。

何にでも同じ事が言えると思いますが、
今は「育児」についてを例にとって書いてみます。

人によって、育ってきた環境や、今の現況、
性格、コドモの性質などが異なります。
その中で、様々な育児法を見つけてきたのでしょうし、
実践してきたはずです。
手探りながら手に入れてきた育児のやり方について
良くも悪くも意見を言われること、
その人にとってはやはり敏感にならざるをえない、
と思います
もちろん、私も。

たとえそれがママ友やママ先輩(?)などであっても
やはり言われたことは気になりますよねえ。

人と関わっていく中で、
違う意見や見解にぶつかるのは当然のことです。
それを
「違いとして受け入れる」のか
「やってみよう、と取り入れる」のか
「受け入れない」のかは
その人が判断することです。

一番難しいのは「違いとして受け入れる」
ことだと私は思います。

私は助産師さんの話を聞いていて
「ちょっと待ってよ!」と思いました。
私は「そうは思わなかった」からです。

だからそれをぶつけました。
「私はそう思わない」と。

すると彼女は
「そうではなくて、こうなんだよ」と
説明してくれました。

私の中では
認識することが大事なんだ、という部分では
彼女の意見を受け容れました。
でもやっぱり、「自分のために生きる」ことを
選択の基準にする、という気持ちを新にしました。

私は彼女を宗教のようにあがめているわけではないし、
彼女と意見が異なる部分だって当然あります。
でも、異なる部分を彼女の言うとおりに変える気もありません
彼女もそんなこと、望んでいないのだし。

納得できる部分は受け入れる、
ココは自分と違うな、と思った部分は
違い、として受け入れる。
それは彼女に対してだけはなく、
友人達や関わりを持っている人に対しては
出来るだけそのようにしているつもりです。

まあ、もちろん、まったく相手の意見を理解しようと
努力していない人もいますけど。(私が、ね。)
あ、もうだめだ、つたわんない、
伝える努力もしたくない、そう思って割り切っている人もいます。
いいの、全員に好かれる必要もないから。
ごく少数ならそういう人がいてもいい、そう思ってます。

助産師だろうが、ママ友だろうが、ママ先輩だろうが
人間です。
誤解されちゃうことも、意見が違うことも、
伝え方がちょっと良くなかったりすることもあります。
それはみんなが経験することだと思います。
そういうつもりじゃないのに誤解されちゃったり
思ったように伝わらなかったり。

それがもし自分が誤解された立場だったらどう思いますか?
「それならそう思ったときに、言ってくれればよかったのに」
っておもいませんか?
もし不快にさせちゃったなら謝るし、
誤解ならそういうつもりじゃないんだ、って説明できたのに、って。

もし自分が誤解されちゃった立場なら
その小さな誤解が原因で、心の距離が離れてしまうこと、
悲しくありませんか?
私だったら、悲しいな。
伝えようとしてもどうしても伝わらない人もいる、
自分が伝える最大限の努力をしても伝わらないなら
仕方ない、この人とはムリなんだ、とあきらめられるけど
せめてその伝える努力だけでもさせてくれよ!
と切に願うね。

まあ、一つの要因として
助産師から言われることと、
ママ友から言われること、の
インパクトが違う、って事があると思います。
助産師として活動している以上は、
他の人よりもそこに細心の注意をしなくてはいけないし、
それが仕事だと思います。
だけど、絶対に誰の気持ちにも触れないように、なんて思っていたら
一言も発することが出来ませんよね。
人の心を動かすことも、伝えることも出来ませんよね。
彼女の仕事は本当に紙一重の仕事だと思います。

彼女は私の生活を、私の気持ちを救ってくれました。
それだけの力を持っている人です。
だけど、それ以上に誤解されたり、辛い思いもしていると思います。
彼女自身も、関わるすべての人に好かれなくてもいい、
そう思っていると思います。
いや、そう思わないと、やっていけないはずです。
彼女だって、心ならずも人の気持ちを傷つけたりしてしまうこと
うれしいとは思っていないはずです。
落ち込んだり、苦しいな、って思うはずです。
でも、それでも彼女は仕事を続けるでしょう。
10人の人を傷つけても、1人が自分を必要としている、
苦しんでいる一人のために、彼女は仕事を続けると思います。

ちょっと話が逸れてしまいましたが、
伝えたかったのは、
それを言ったのが誰であっても
ちょっと待ってよ!っておもったら
それを伝えてみてほしい、
それでも伝わらなかったら仕方ないけど
もしかしたら、何か見つかるかもしれないじゃないか、
ということ・・・・・
・・・・・・・・・かなあ?
ちょっと自分でも分からなくなってきた。

あ、「ちょっと待ってよ」と声を出して
その相手の意見を聞き、自分の意見を伝えることで、
自分の気持ちもはっきり見えてきたり、
自分のやり方?みたいなものに自信が持てたりするんじゃないかな?
あなたはこう思うのね、私はこう思うから、そうする。
そういう風に思えれば、
同じ事に関して誰かが何かを言ったときに
「そういわれることもあるけど、私はこれがいいと思ってやっているから」
って自信を持って言うことが出来るんじゃないかな?

そう、違う意見の人と話し合うことは、
自分のやり方や考え方を見つめること、
そしてそれに自信を持つことだと思う。

そして、例えば「こういわれたから」と実践してみる。
でも、実践してみたけど、子どもも自分にも合ってないみたい
やっぱり今までのやり方の方がいいな、
そう思えたら、それも自信になると思う。

「やってみた」→「やっぱ違った」
「あ、あの人と私は違うから、当然か。
やっぱり今まで通りにしておこうっと」
そう思うことが「違いとして受け入れる」ことだし
そうやって「自分のやり方」を見つけていけばいいんじゃないかな

育児というモノは本当に千差万別で
100人に聞けばホントに100通りの答えがあるようなモノだ。
なぜなら100人の母親には100人(以上)のコドモがいて、
100人くらいの父親がいて、
200人くらいのその母親の両親、さらに200人の父親の両親・・・・・
そりゃあ、やり方が違って当然、だわね。

私だって、いろんな情報を耳にすれば迷うし、
不安になったりもする。
だけど、まさきの母親は私だ。
その育児法は「まさきを育てた結果に得られた」ものではない。
だったらまさきと私にそれがいいかどうか
分からないでしょう?
だから自分のやり方に自信を持っていいと思う。

現に私も産後の1ヶ月検診で
「おしゃぶりって使っていいもんなんですか?」と
小児科医に聞いたところ・・・・
「まあ、お母さんが風邪でしんどいとか、すごい疲れてる
とかなら仕方ないと思うけど、
基本的に『母親のためのもの』だからねえ・・・・」
といわれてから
使うことにすごく罪悪感があったんです。

だから出来るだけ使わないようにしていたのですが
おしゃぶりを使うことを嫌がる私に
主人が「使ったっていいじゃん、それでおまえが楽になるなら
それもまさきのためだよ」と。
そっか。
その一言に救われて罪悪感は薄くなり、
必要なときは割り切って使うことにしました。

私もその時の小児科医の
「母親のため」という言葉が引っかかって、
今回、助産師さんに食いついてしまったのですが
それによって自分でも納得できたので良かったです。
その時は「そっか」って思ったのですが
後になると色々思うところあったので。

でもきっと、「やってみて」
やっぱりこの方法は合わない、とか
分かっているけど、やっぱり必要、とか
自分の中でやり方を見つける、とか
割り切るとかって必要なんじゃないかなあ?
「分かってるけど、私はこうする」って
言えるようになるには、
そういうプロセスが必要なんじゃないかな、
と思ったりして。
そうやって手に入れた自分の育児法や
自信が自分を支える基盤になる、
そんな気がします。

そうやって自分の育児法に自信を持つことは
生活をしていく中ですごく大切だと思います。
でもその一方で
自分では見えてない部分とか
無意識に?本能的に?やってしまうこととか
固定概念でやってしまっていることとかは
自分では分からない。
人に言われて気づくことや
言われて初めて自分の内面を見つめることが
出来ることだってたくさんある。
だからこそ、他人との関わりは常に持っていたい、
そういうことを言ってくれる人が
私には必要だ。

基本的に私は、自分が育児に向いていないと思っている。
だからこそ、いつもこんなやり方でいいのか?
こんな母親でいいのか?とビクビクする傾向がある。
私はいくつかのサークルに参加しているが、
そういう場に出ると、こんな私でもいいんだ、
とちょっと思えるようになる。
私から見ればすっごい余裕で?母親している人が
不安だったり、同じ気持ちだったりすると
ああ、私だけじゃないんだ、って安心したり。

自分を見つめるため、他人を受け入れるため、
安心するため・・・・・いろんな意味で私には必要だ。

でも・・・・・・
結果的にそれで暗い気持ちになったり、
不安になったりするのであれば、
ムリして参加する必要なんてないと思う。
それ以外にも自分が心おきなく話したり、
心の支えになったり、
相談とか出来る場があるのであれば
それを選ぶことだって自分のためだと思う。
だって「全員から好かれる必要はない」のだから。
自分が心地いいようにするのが一番だと思う。

自分を見つめることは本当に苦しい。
苦しいからやめちゃおうか、って思う。
でもそこから目をそらし続けている自分を
ずっと頭の片隅で意識している、
それも苦しい。
どっちも苦しいなら、先延ばししないで
とことん自分の弱さ、暗さを見つめた方が
結果的には早く楽になる。
でも、それは分かっていてもやっぱり苦しい。

とっても苦しいから、
誰かに決めてもらいたくなったり、
誰かと共有したくなったりする。
でも、それを決めるのは自分だ。
自分が自分の弱さも暗さもダメな部分も認めて、
それで最後に残った自分の意思や道を
選んでいくモノだと思う。

周りの人がしてあげられることは
ただ一つ。
「聞いてあげること」「聞いてもらうこと」だ。
聞いてあげる人は、アドバイスせずにただただ聞いてあげる。
支離滅裂でも、ネガティブでも聞いてあげる。
聞いてもらう人はとにかく話す。
支離滅裂でも、私って最低、と思っても
話が堂々巡りになってもとにかく話す。
そして、いつか、その中に一筋の光が見つかる。
それが宝物だ。
それが見えたら、もう迷わない。
きっともっとステキな人間になってるはず。

自分を見つめることは苦しい。
本当に本当に苦しい。
自分がイヤになって、ホントにこんな人間、
何で産まれてきたんだろう、生きてる価値あんのか?
とか思ったりしたこともあった。
考えるのをやめようとしても、
「試練の時期」はそれを許してくれない。
環境が決断を次々と求めて来る。
本当にそういう時期が来る。

その時、あなたのとなりに誰か、
いてくれるといいな。
心からそう思います。

でも本当に苦しくて苦しくてどうしようもなかったら
逃げたっていいんだよ、
原因になっているものを捨てて。

まあ、すべて捨てるのもツライ決断だけど。

だんだん話の内容が変わってきちゃいました。
私の集中力もだいぶ切れてきました。
この辺でおしまいにします。

できるだけ、中立の立場から
考えをまとめようと思いましたが
やはり助産師さんを擁護する方向に
傾倒していると思います。
それはちがうんじゃない?とか
だけどさ~とかあったら是非書いて下さい。

長い文章を最後まで読んで頂きまして
ありがとうございました。
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Comment

非公開コメント

あまり身内がでしゃばるのは良くないと思い、いつも愛読に止めているのですが(変な遠慮?)・・・今回初コメントを書かせていただきます!

おしゃぶりが「自分(ママ)のため」と気付かされて、単純な私は「はい、やめます・・・」っと言ったものの・・・そこでその会話が終了していたら、きっと自己嫌悪に陥りながら、その後使っていたと思う。
だって、やめます!って言ったって、どうしても使いたい時、便利なものが目の前にあってそれを拒むほど私は強くないもの。

だから、りくママが「ちょっと待って!」っと助産師さんに問い質してくれなかったら、彼女の真意を理解できませんでした。ほんと、言葉って難しい!りくママの一言で私は精神的に救われました。ありがとう!!

でも今回、おしゃぶりが「自分(ママ)のため」に使っていると聞いて、目から鱗でした。
だって、お店で見ると、『哺乳力を養う』とか『あごを鍛える』とかパッケージに書いてあるでしょ?それを見て、赤ちゃんのためって買うじゃない。(あ、私だけか?赤ちゃんはおしゃぶりを咥えると喜ぶものだと最初思っていたから)でも、実際使っていると気づかないうちに「自分のため」になってる。

・・・・だいちゃんが泣き始めたので、今日はここまで・・・。なんか結論のないまま中途半端(汗)

>だいちゃんママ
初コメントですね!ありがとう!
遠慮なくコメント書いて下さいよ~
あ、あとWebName、私が勝手に「だいちゃんママ」って書いちゃったのでそれに習って下さったのだと思うのですが、自分で自分らしいWN、つけて下さい。

えっと・・・・結果的にコレで良かったかな、って思っています。
まあ、それぞれいろいろな思いがあるとは思うけど、
助産師さんも大切なこと、自分では気が付かないことを教えてくれた、
私はそれについて疑問(意見)をぶつけることで、納得できた。
それでいいのかな、と。
人間だから言葉が足りなかったり、うまく伝わらなかったりする。
だけどそこに他の人が関わることで、真意が伝わったり、多方面から考えること、こんな意見もある、ってことを知ることが出来る。
そうやってみんな、関わり合って生きていくのかな、そう思いました。

いろんな考えの人がいる、
いろんな受け止め方をする人がいる、
もちろん、強く共感したり、反発したりすることもあるだろう、
うれしくなったり、悲しくなったり、落ち込んだり・・・・・・
それ故に人との関わりを持つって大切なことなんだと思いました。

抽象的な話でごめんなさい
でもコメントしてくれてうれしかったです!
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