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TOWA and More! -toi et moi-

Mダックスのりく♂&とわ♀、まさき&アロ(ゆうき)の二人の息子に翻弄される母の毎日をお伝えします。

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millecreape

Author:millecreape
子育て嫌いの母ですが、みんなに支えられてなんとか頑張ってます。
長男りく(M.ダックス♂)と次男まさき、長女とわ(Mダックス♀),
そして2008年8月に生まれた3男アロ(ゆうき)に翻弄される生活の一部、育児の話を思うままにつづっていきたいと思います
最近は幼稚園のお弁当の写真がおおいかな?

2005年の6月から2006年3月までのブログはこちら
http://yaplog.jp/millecreape117/

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2011.03
16
Category : the others
遅くなりましたが、地震後、初めての更新です

しばらくPCに向かう気になれず・・・・

でも、我が家はみんな、元気にしています。

当日、私と裕貴は
日曜に行われる大学の卒業式で使うコサージュの花材を
大学の研究室に届けにいき、
見本のコサージュを作り終わり、
学生時代の先輩とお話していた時に
地震が起こりました。

幸いな事に、その建物は2年前に建設された
耐震構造に関してはよく考えられた建物でした。
強度があるのではなく、ゴムの上に建物が載り、
ぐらぐらとゆれる事で被害を最小限にしているようです。

かなり長い時間、そして強くゆれたので
揺れている間に、先生が「こっちの部屋へ!」と
何も無い→危険が無い部屋へ案内してくれました

実験室などにはガラス用品などがあり、危険ですから。

裕貴を抱いて、机の下にいましたが
怖くて怖くて、実際は、私が裕貴を守っているのではなくて
怖くて裕貴にしがみついているような状況でした。

しばらく余震が続いていましたので
その部屋から出る事は出来ませんでした。

学生たちがネットやラジオを使って
被害状況などを教えてくれました。

そのときはまだ、マグニチュード7.9だって!
津波が4mだって!
くらいで、全然、分かってなかったんですけどね・・・・

こちらからは全然、携帯が繋がらなかったのですが
山梨県に出張していた主人からは電話がかけられるらしく
早々に「今どこにいる?無事か?」と確認の電話がありました。

私と裕貴は大学にいて、大丈夫な事、
まさきはまだ、幼稚園の保育中であることを伝えました。

主人は運転中で、車の制動性が下がったので
強風にあおられたのかと思った、と言っていました。
とりあえず、お互いの無事を確認できてほっとしたところでした。

まさきは卒園遠足で近くの野外施設に行っていたので
危険はほとんどないと予想されたのですが
まさきを迎えに行く運転中に
余震や、更に大きな地震があったら、
どうしよう、と不安で、なかなか出発できませんでした。

学校の指示で、余震も続くので校舎内から出るように言われ、
そこでやっと、部屋を出て、車を運転して
まさきを迎えに行くことにしました。

幼稚園の駐車場に車を停めていたら
予定よりはやく解散になったようで
すでに子供を迎えて車に乗り込もうとしていたお友達が
その野外施設まで車で送ってくれる、とのこと。
大人の足なら歩いて5分ほどのなのですが
裕貴をつれてそこまでいくと3倍くらいかかってしまうので
乗せていってもらうことになりました

お仕事をしている親の子は先生と幼稚園に帰るのですが
まさきはひとり、その中に残されていました。

先生に事情を話して、地震の時の子供たちの様子などを
教えてもらいました。

無事にまさきを迎えて、我が家は全員の無事を確認できました

車で自宅に戻る途中・・・・
駅前の信号と、家の近くの信号が消えていました・・・

そして家を出る時につけておいた玄関先の外灯が消えています。。。

停電です。

まだ外は夕暮れとはいえ、明るいので
まずは私が自宅の中を確認し、危険が無い事を確認してから
子供たちを家に入れました。

水道は出ますが、ガスは止まっていました。
車が戻ってきたのを見た主人の母が
「無事でよかった~」と飛んできて
状況を確認している時に
あ、ガスはメーターが止まっているはずだから
リセット作業をしなくてはならない事を思い出し、
リセットしたら、ガスは復旧。

とりあえず、ガスと水があれば、ご飯が炊けるし
食事も出来る。(我が家は土鍋でご飯を炊くので)
ろうそくもあるし、懐中電灯もあるので、大丈夫
と思ったのですが
母がコンビニでおにぎりなどを買ってきてくれて
子供たちはそれを食べましたが
なんだかその後も食べたいといったので
ご飯を炊いて、おにぎりを握って食べました。

わたしもなんだか初めてのことに不安感が募って
怖い思いをした子供たちの心をケアしてあげる事もできず
イライラしたまま過ごしてしまいました・・・

7時くらいにはすっかり暗くなって、
ろうそくの明りで過ごしたのですが
ガスである給湯や床暖房もコントローラーが電気制御なので
つけることが出来ません。

子供たちも薄暗い中、何もすることがなくて
7時30分くらいには寝てしまいました。

私も子供たちと一緒に寝ていたのですが
途中で隣の部屋が明るくなって、少し目が覚め、
その後しばらくしてから、主人が帰ってきました。

山梨から途中で高速道路が封鎖されて、
下道で走って帰ってきたそうです。

結局、山梨から6時間かかったそうです。

そして、翌日のニュースであの、未曾有の事態を知ったのです。

ココから先は皆さんと同じだと思います。

続く余震、停電、食料やガソリンの買占め、
原発の事故による放射能、
都市機能の麻痺、経済活動への影響、
日常生活への影響・・・・・

考えれば、考えるほど、不安になります。

テレビを見れば見るほど、不安と暗い気持ちに
押しつぶされそうになります。

でも、見ないわけには行かない、
知らない、情報を持たないままで、
子供たちを危険な目に合わせるわけにはいかないのです。

情報を持っている、
そして、家と温かい食事と、温かい布団で寝る事のできる
私たちでさえ、こんなに不安なのですから
被災された人たちはどんなに不安なことでしょう

それでも明日はやってきます。
それでも、私たちは生きていかなくてはなりません。

そう、不安になっても、明日はやってくるなら
明日は、昨日より、一つでも多くの笑顔になれますように、
一つでも多くの笑顔に出会えますように
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